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広島地方裁判所尾道支部 昭和57年(ワ)198号 判決 1989年5月25日

主文

一  被告は各原告に対しそれぞれ金八二三万六六二六円及び内金七四八万六六二六円に対する昭和五六年八月一〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その三を被告の負担とし、その余は原告らの負担とする。

四  この判決の第一項は、原告らにおいて金三〇〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。但し、被告において金三〇〇万円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。

理由

【事 実】

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し、それぞれ金三〇四一万六一七〇円及びうち金二七四一万六一七〇円に対する昭和五六年八月一〇日以降支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告中川義秋(原告義秋という)は、訴外亡中川芳伸(昭和四〇年六月六日生、五六年八月一〇日死亡、芳伸という)の父であり、原告中川陽子(原告陽子という)は芳伸の母である。

被告は、肩書地で土井内科医院を開設している医師である。

2  診療契約の締結

芳伸は、昭和五六年八月八日午前九時過ぎ頃、全身倦怠、口内乾燥、口渇を訴えて診療を依頼し、被告はこれを承諾して、同人の診察に当つたものである。

これによつて、芳伸と被告との間には、その治療を目的とした診療契約が結ばれたものであるが、この契約に際し、被告は、芳伸の全身倦怠、口内乾燥、口渇及びそれに付随する症状を、医師として最善を尽くして医学的に解明・診断し、この結果に応じた適切な治療行為を行なうべき義務を負担するに至つた。

3  芳伸の病状と被告の診療経過について

イ 芳伸は、昭和五六年八月八日、午前六時ないし七時ころに起床したが、朝食も食べたくないといい、二階の自室にいたが、「体がだるい。体がしんどい。」「喉が渇く。喉がからからになる。」と原告らに訴え、横になつたり座つたりしていた。

この時、原告陽子は、芳伸に腹痛・下痢の有無を尋ねたが、芳伸は、そのようなことはないと答えている。

ロ そこで、原告陽子は、芳伸を被告に診察治療をさせるため、午前九時ころ、被告方へ行かせた。

ハ 被告は、芳伸を診察し、検温その他の検査をしないまま、「急性胃炎」と診断を下し、芳伸に対し、「胃がただれている」と告げ、胃炎の処置として注射を二本打ち、投薬を行なつた。

また、その際、芳伸の「喉が渇く」との訴に対し、「ジュースは飲んでもよい」と指示した。

ニ 芳伸は、帰宅後、おかゆとみそ汁を少し食べただけで、家の中で横になつたり、ごろごろしていたが、しきりに喉が渇くと訴え、麦茶一リットル入容器二本分を飲んだ他、キリンレモンなどを飲んでいたが、「飲んでもすぐ渇いてもたん」と、原告陽子に話していた。

原告陽子が見ると、口の周囲はからからに渇いていた。

芳伸は、夜になつてもしんどいと言い、水を欲しがるため、原告陽子は芳伸の隣室でやすみ、麦茶を飲ませた。

ホ 八月九日、芳伸は一階に降りて来たが、朝食も摂らず、前日よりもつとしんどい様子をしており、「喉が渇いてもたん」と原告らに訴えた。

そこで、当日は日曜日であつたが、原告陽子は被告に電話し、「芳伸がしんどそうなので診て下さい」と頼み、九時三〇分ころ、原告義秋が芳伸を車で被告方医院まで送つた。

ヘ 被告は芳伸を診察したが、前日と同じく胃炎と診断し、胃炎の治療のための注射を打ち、廊下に出てきて、原告義秋に、「プリン、ジュースはよいから飲ませてあげなさい。コーラのような刺激物はいけません」と指示した。

ト 芳伸は、帰宅途中「先生はジュースは飲んでもよいというただろう。すぐひろみストアーへ行つてくれ。」と原告義秋に頼み、ひろみストアーで、ジュース類を十数本とアイスキャンディ四本を買つて帰つた。そして、それからジュース(キリンレモン)を四、五本飲み、プリン一個、アイスキャンディ四本を食べた。

しかし、午後、喉が渇き体がだるい状態、熱つぽい状態(三七度二分あつた)が続いていた。芳伸は、午後四時過ぎ、二階から一階に降り、大の字になり、ひどく体がだるそうな様子で、「しんどうていけん。どこか医者に連れて行つてくれ。」と言い出した。

このため、松尾内科に連絡したが不在であつたため、医師が帰る六時一〇分ころに行くことになつた。芳伸は、五時半ころ、原告義秋に連れられ家を出たが、一人では歩けない状態となつていた。松尾医院に着いてからも、一つの姿勢でいるのを苦しがり、ベッドに横になつたり、起きたり、椅子に座つたりの状態をくり返していた。

松尾医師は、心電図、尿、血液検査をして、糖尿病の診断を下し、「これが明日だつたら殺していた。どうしてこんなになるまで放つていたのだ。」と原告義秋を叱責し、直ちに、三菱三原病院への入院の手続を取つた。芳伸は、七時ころ、点滴を打たれながら同病院まで運ばれたが、意識はすでにもうろうとしており、同病院での注射、酸素吸入の効果もなく、八月一〇日午前一時四〇分、若年性糖尿病による糖尿病性昏睡のため死亡した。

4  被告の責任

イ 被告は、2に記載したとおり、診療契約に基づき、芳伸を、医師として最善の注意を用いて診察し、疾病を的確に診断し、この結果に応じ他のより高度な医療水準の医療機関への紹介を含む適切な治療行為をとるべき注意義務を負つていた。

ロ 被告は、芳伸が全身倦怠、口内乾燥、口渇という糖尿病の典型的な症状を示し、かつ芳伸が肥満体(身長一五七センチメートルに対し、体重九五キログラムであつた。)であり、芳伸の父原告義秋を四年前糖尿病と診断しているという事情があるのであるから、糖尿病であることを疑い得たはずであり、かかることを考慮して診断治療すべきであつた。

被告は、昭和三〇年より昭和四二年までの一一年間、三菱病院の内科医として勤務し、内科課長を二、三年勤め、その後個人で内科を開業し今日に至つており、特に三菱病院時代は糖尿病も重要な疾患として扱つており、糖尿病に関してはかなり高度な医療水準に達していることは明らかで、若年性糖尿病について、実に正確な知識を有している。

従つて、主訴又は客観的な症状があれば、十分に糖尿病の診断又は疑い得るものである。

被告の開設する医院の能力上も、芳伸の糖尿病の診断又は糖尿病の疑いを持つて、より高水準の医療機関へ紹介することは十分に可能である。

糖尿病の診断は、決して重装備でないと不可能というものではなく、尿糖や血糖は最も簡易な方法として試験紙法があり、より正確な血糖値を計るものとしてデキストロメーターがある。これらは、費用も安価で特別な施設、人員配置は不要である。

被告はデキストロメーターを当時有していなかつたが、試験紙はあり、糖尿病の疑いを持つことは、被告がその気にさえなれば、直ちにその場で結果は出たものである。

芳伸が被告を受診するため家を出る際、八日も九日も、口唇が乾燥しており、受診前芳伸は、原告らにしきりと口渇を訴えており、八日には被告からジュースを飲んでも良いと言われ、九日には、被告は診察終了後原告義秋に対し、ジュースを飲んでも良いと話をし、被告の妻は電話で原告陽子に対し、ジュースは飲んでも良い、と話をしていることからみて芳伸は被告に口渇を訴えていたと推認できる。

被告は、ジュースを飲んでよいという被告の指示を、口渇の訴えではなく単に飲みたいジュースを飲んでよいかどうかの質問に対する回答である旨主張する。確かに理屈の上ではそのような解釈も可能であろうが、当時の芳伸の状態から、口渇の主訴の一環としてなされたものと理解すべきである。

被告は、原告義秋が昭和五二年五月ころ、生命保険契約締結のため被告医院で尿検査を二度行ない、二度とも糖が検出されたことを、既に本件当時知つており、芳伸の遺伝的素因を認識しえたはずである。被告は、芳伸が罹患していた脂肪肝が基礎疾患にある糖尿病になりやすいという医学上の認識を有していたことからも、容易に糖尿病を疑い或いは診断ができたはずである。

被告は、医学上合理的に推認できる受診当時の芳伸の客観的状態及び、被告自身の医学上の知識経験から、十分に芳伸の糖尿病を診断し、又は疑い得たにもかかわらず、芳伸の主訴を安易に(軽率にも)ありふれた急性胃炎と誤診した過失がある。

このことは、被告の診療そのものがずさんであつたことからも肯定できる。即ち、被告は芳伸から、食べ過ぎて吐き気がして体がだるいと訴えられていたにもかかわらず、何を食べたかも聞かず、下痢の有無も聞いていない。また検温もしていない。このようなことは、およそ初歩的な診療であろう。

被告は、八日、九日と二度にわたつて診察しており、九日には、芳伸の症状は一層悪化していたのであるから、一層糖尿病の診断又は疑いを持つチャンスは拡大している。

土曜日に診た患者が続けて日曜日にも来るということ自体めつたにないことであり、医師の常識からも、九日の診察では、八日の判断が正しかつたかどうかという観点から診察すべきであつたのである。

被告は、医療行為の特質として、患者の症状の変化とともに、治療処置の効果を確かめ、より正確な診断治療を行なう旨主張しているが、この本質に照した場合、被告の九日の治療は、右医療行為の本質にももとるものと言える。

八日に続いて、九日にも慢然と急性胃炎と判断し、糖尿病の症状を見逃した過失は重大である。

原告らは、急性胃炎の診断から、芳伸に麦茶を飲むよう厳しく指導していたところ、被告が直接原告義秋に対してもジュースを飲んでもよいと話をしたため、原告らが禁止する理由もなくなり、八月九日はジュースを飲むようになつたものである。その結果、九日にはジュース四~五本飲み、プリン、アイスキャンデーを食べた。

このことは(三〇本飲まないにしろ)芳伸の糖尿病を急速に悪化させるに十分である。被告の誤つた説明によつて、芳伸の症状は九日被告受診以降急速に悪化したのである。

ハ このため芳伸は、糖尿病に対する適切な治療を受けられないまま死亡したものである。

ニ 芳伸の死は、被告の診療契約上の債務不履行によつて生じたものである。

5  損害

芳伸の損害

イ 芳伸は、死亡当時一六才の高校一年生であり、大学進学の予定があり、生きていれば平均的労働者程度の収入を得ることが出来た。

賃金センサス昭和五五年第一巻第一表の男子労働者学歴計によれば、平均的男子労働者は、毎月きまつて支給を受ける金額は二二万一七〇〇円で、年間の賞与その他の特別給与額は七四万八四〇〇円である。労働者として六七才まで働き得たはずであり、ホフマン係数は一九・八五である。生活費の割合は年間収入の五〇パーセントとみるのが相当である。

右によつて計算すると、芳伸の逸失利益は金三三八三万二三四〇円となる。

ロ 芳伸の死亡によつて、原告らがそれぞれ右の損害額の二分の一(一六九一万六一七〇円)の損害賠償請求権を取得した。

原告ら自身の損害

ハ 芳伸の葬祭費用

芳伸の葬祭は盛大にとり行なわれ、その費用は一〇〇万円を下らないものであつたが、原告両名が二分の一づつ負担した。

ニ 原告らの慰藉料

芳伸は、原告らの唯一の子であつて、生きていく心の支えでもあつた。

原告らはそれぞれ、最愛の子を失つたことによつて甚大な精神的苦痛を受けた。

その慰藉料は、原告両名に対し、それぞれ金一〇〇〇万円が相当である。

ホ 弁護士費用

原告らは、被告及び医療過誤保険に対し損害賠償を求めたがこれに応じないため、やむなく、弁護士井上正信及び木山潔に委任し、手数料、報酬として各自金三〇〇万円支払う契約をなした。

6  よつて、原告両名は被告に対し、診療契約の債務不履行に基づき、それぞれ金三〇四一万六一七〇円の支払と、うち金二七四一万六一七〇円については、昭和五六年八月一〇日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2のうち、初診の時間及び全身倦怠、口内乾燥、口渇を訴えたこと、並びにこれを前提とする診療契約、症状の解明治療義務を否認する。その余は認める。

初診時刻は、同日午前一一時三〇分ごろであり、当時、芳伸は食べ過ぎて腹が痛い、嘔気があると訴えて診療を求めて来たものである。

3  同3のうち、

イは不知。

ロは不知。

ハのうち、同日検査をしなかつたこと、急性胃炎と診断したこと、投薬を行なつたことは認める。その余は否認。

食べ過ぎで腹痛を訴えたので、上腹部触診の結果、圧痛を認め急性胃炎と診断し、注射ブスコパン(鎮痛鎮経剤)一本を打ち、投薬をなしたものである。その際、余り食べないようにせよと述べただけであり、ジュースの話題はなかつた。

ニは不知。

ホのうち、原告陽子から電話による診察依頼があつたこと、主張の日時に原告義秋が芳伸を連れて来たことは認める。原告陽子の診察依頼は「吐き気あり、食欲なし、腹痛がある」との訴えであつた。

ヘのうち、胃炎と診断し、注射を打つたことを認め、その余は否認。但し、患者が「ジュースを飲んでもよいか」と述べたので「飲んでもいいよ」と答えた。

トは不知。

本件の診療経過は、次のとおりである。

芳伸(昭和四〇年六月六日生)は、昭和五六年八月八日(土)午前一一時三〇分ころ被告医院に来院し、食べ過ぎて腹が痛い、つかえた感じがして嘔気があると訴えた。

被告は上腹部触診の結果、圧痛を認め、急性胃炎と診断し、直ちに鎮痛鎮経剤ブスコパン一本(一cc)を注射し胃薬、ファイナリンG、ブスコム、消化剤の投与をし、余り食べないようにと注意を与えた。

なお当日芳伸が喉が渇くと訴えたこともないし、ジュースを飲んでもよいか等と尋ねたこともない。ジュースの話題が出たこともない。

同年八月九日(日)朝、原告陽子より被告に電話があり「芳伸が嘔気があり、食欲がない、腹痛がある」との訴えであつたので、休日であつたが診察を承諾した。同日午前九時三〇分ころ、原告義秋に同伴され芳伸が来院した。

芳伸の訴えは、嘔気があつたり、なかつたりすること、腹痛があるというものであつた。血圧は一二六~七六であつた。

被告は胃炎と考えブスコパン一本、強力モリアミンS二本を注射した。

芳伸は被告に対し「ジュースを飲んでもよいか」と尋ねたので「飲んでもいいよ」と答えた。

4  同4につき

イのうち、診療契約締結並びに適切な治療義務の存在は認めるが、患者の訴えは全く異なるのであつて原告主張の訴え、症状を前提としては否認する。

ロのうち、患者が肥満体であつたことは認め、その余は否認する。

本件医療行為において、被告は無過失である。

昭和五六年八月八日(土曜)午前一一時三〇分頃、来院した芳伸は被告に対し「今朝から腹痛があり、上腹部につかえた感じがして吐き気がする。最近食べ過ぎた。」との趣旨を述べた。被告は聴診・触診した結果上腹部に圧痛を認めたほか肝臓、脾臓等の腫張もなく特に異常を認めなかつた。被告は急性胃炎と診断した。当時、芳伸は食べ過ぎとの主訴であつたから、食べ物はおかゆのようなものにし、余り食べないようにと注意を与えた。然し、口渇の訴えもなく、ジュースを飲んでよいか等の質問も話題も全くなかつた。

翌八月九日(日曜)朝、原告陽子から芳伸の診察依頼があつたので休日であつたが診察を承諾した。同日午前九時三〇分頃来院し、直ちに診察した。訴外芳伸の主訴は前日と同様であつた。吐き気があつたり、なかつたりと言う状態と腹痛の訴えであつた。被告は聴診・打診・触診したところ前日と同様の所見であつた。舌の状態は薄い白苔があつたほか、口が乾いている状態も脱水状態もなかつた。血圧は一二六~七六で正常値にあつた。なお、白苔は胃が悪いとき、消化障害があるときなどに生ずるものである。被告は前日同様急性胃炎と考えた。診察が終わつて、芳伸から「ポカリスウエットやジュースを飲んでもいいか」との質問があつたので、被告は「冷たい物は余り飲まないように」とは言つたが、「ジュースは飲んでもいいよ」と答えた。被告は食べ過ぎて腹痛にありながら、夏の日だから喉が乾くのは当然だと考えたが、口渇の訴えはなかつた。被告はジュースを飲んでいいかとの問に対して飲んでよいと述べたものであるが、芳伸がジュースを一日に五本も一〇本も或いは二〇本も飲むとは考えられず、このような量を飲むことを前提としたものではない。

糖尿病の診断に関してその手掛かりとなるものは、自覚症状・主訴と血糖検査である。

自覚症状の中でも最も一般的な症状が口渇である。患者が口渇を訴えた場合、内科医は一般的に糖尿病を考えるはずであり、その訴えが患者からない場合はわからないし、脱水状態がある場合でも唇を見ただけではわからない。舌を見ればわかると思うが、水を飲んでいるとわからない。

糖尿病検査に関して尿検査と血糖検査がある。尿検査は尿糖(+)となつたからといつて直ちに糖尿病というものではないが、少なくとも糖尿病か否かの大まかなふるいわけの出来る検査であるから、もし尿検査の結果尿糖(+)となれば進んで血糖検査によつて糖尿病の有無を判別することとなる。その意味では尿検査も意義あるものと言える。

ところで、本件の場合、芳伸の死因は糖尿病性昏睡であつて、それがインスリン依存型か非依存型かは別としても、糖尿病を発症したことは間違いないものと思われる。

然るに被告が昭和五六年八月八日及び八月九日の外来診療において急性胃炎と診断し、糖尿病の疑いをもたなかつた点に関して、原告主張は被告の誤診であり、当時尿糖検査・血糖検査をすべきであつたのにこれを欠いた点に過失があるというのである。然し、芳伸の訴えは「食べ過ぎで今朝から腹痛があり、つかえた感じで吐き気がある」というものであつて、これに応じた所見として上腹部圧痛があり、重篤な症状もなく糖尿病の疑をもつべき患者の訴えもなく所見もなかつたのであつて、原告が主張するような口渇・多飲等の主訴や、一見して唇の乾き、或いは脱水症状を推測される所見もなかつたのであるから、このような臨床症状と患者の訴えのもとで急性胃炎と診断するのは医学的には極く当然なことであつて、これをもつて誤診とし、或いは糖尿病を疑わなかつたことを非難されるべきものではない。

なお、原告は、如何にも被告土井医師が誤診したかの如きを強調する。然し、前述のとおり脱水状態がある場合でも唇をみただけではわからないのであり、原告が述べるとおり多飲していたというのであれば脱水状態に至つていなかつたものと考えられる。

また、本件が糖尿病発症と昏睡に至つた事実から、八月八日午前一一時三〇分ころ、及び八月九日午前九時三〇分ころ、それぞれ被告の診察の時期に遡つて、結果から考えて当時糖尿病が発症したであろうとの推定のもとに、その際糖尿病発症が見つかり、かつ糖尿病治療をうけていたならば救命できたであろうという論理は医療の特質を無視した結果論であつて、医療上の過失責任主義とは相容れないものである。

芳伸は、昭和五五年一月当時、被告医院における二回にわたる血糖検査で正常値を示し、同年三月岡山大学付属病院においても同様であつて、肥満はあつたものの糖尿病の発症を疑わせるものはなかつた。訴外芳伸が体の変調を訴えるようになつたのは昭和五六年八月八日朝起きたときからで、「しんどい、体がだるい」と言い、この日以前は夏休みの生活を異常なく過ごしていたものである、と言うのである。八月八日の体の変調について、芳伸は食べ過ぎと腹痛を訴えて被告医院の初診となつたものと思われる。従つて、結果からみてこの段階で糖尿病が発症していたとしても、まだ発症の程度が軽度で、諸症状のうち、腹痛が特に同人の意識の中で強かつたのではないかと推測される。

その後、八月九日午後六時三〇分頃、松尾内科病院で診察をうけた頃は、問診の応答は出来たが意識低下もあり、臨床的にも重病感があつた。松尾内科病院では糖尿病性昏睡と診断する程であつた。デキスター血糖検査では七六〇mg/dlと七八〇mg/dlの高血糖であつた。右の状態は被告医院受診当時に比べると著しい急変であることは明らかである。被告医院受診時の状態が、松尾内科受診時の状態に近ければ、とうていジュースを多量に飲むことはできず、また被告医院受診時、意識低下・昏睡という状態でなかつた。

当日午後七時一五分、転医した三菱三原病院の血糖検査では午後七時三〇分・一二三〇mg/dl、午後八時三〇分・一〇五〇mg/dl、午後九時三〇分・一〇六〇mg/dlであつた。血糖値の急激な変化があつたことは間違いないものと思われる。この事は芳伸の昏睡の程度にも現れている。松尾内科ではぼんやりの状態であつたといわれているが、三菱三原病院では完全な昏睡の状態である。わずかの時間に急激な症状増悪を示している。

ところでこの急激な発症と増悪変化は、芳伸の異常な肥満体質にも素因があるかと窺われるが、何よりも糖質を成分とするジュース多量の飲用が血糖値の急速上昇の原因と思われる。食べ過ぎ・ストレス・運動不足は糖尿病発症の契機となるほか、増悪の理由になる。ジュース多量飲用について、松尾内科病院のカルテ記載によると「一日缶ジュース三〇本を飲んだ」とある。同様の記載は三菱三原病院カルテにも「ジュースを一日三〇本位飲むようになつた」とある。このことは決して口渇の問題ではない。つまり、口渇のしるしであれば水・お茶で足りることであるが、芳伸の欲求はジュースであつたから、口渇の問題ではなく、医師の指導にもかかわらず食事・飲料の多量摂取が自制できなかつたことを窺わせるもので肥満(九五kg)の原因でもあつたろう。右の事実は糖尿病を離れてみても自らの健康を自ら破壊しているものと思われるのであつて、加えて本件糖尿病の激症とその増悪の大きな原因と考えないわけにはいかない。被告がジュースを飲んでよいと答えたから被告に非があると言うのは全く常識を欠くものと言うべきである。ジュースを飲んでよいと言う場合の常識的な量は自ら定まるものであり、これを大きく超えることは、同時に健康にも関連するものである。

原告らは芳伸が肥満体であつたし、父である原告義秋が四年前糖尿病であつたからその遺伝性から、芳伸の糖尿病診断をすべきであつたと主張する。然し肥満それ自体が糖尿病の疑診断となるものではないし、実際に同人は肥満を問題視された昭和五五年三月当時糖尿病発症のみならず検査結果もその疑いは全くなかつたものである。また原告義秋は尿糖検査(+)となつた時期があつたとしても原告義秋自身血糖検査をうけたことも糖尿病治療をうけたことも全くないと言うのであつて糖尿病であつたとの確証はないものであり、加えて数年前被告医院で尿糖検査をしたか否か、被告の記憶にないもので、記憶にないことが不合理でない本件の場合非難される理由もない。

以上のとおり、被告の診断は、診察時の患者の訴え・臨床症状とその所見に照らして誤りというものではなく、医療上過失はない。既往歴においても全く糖尿病発症はもちろん、その疑いを示す検査結果もなかつたもので、被告が当時の情報を前提にして糖尿病の疑いをもたなかつたことはやむを得ないものと言わざるを得ない。

ハは否認する。

ニは否認する。

5  同5は争う。

6  同6は争う。

第三  証拠《略》

【理 由】

一  原告義秋は芳伸の父であり、原告陽子は芳伸の母であること、昭和五六年八月八日、芳伸が身体の不調を訴えて被告の診察を求め、被告がこれに応じたことは当事者間に争いがなく、《証拠略》によると、診察を求めた時刻は、午前一一時三〇分ころと認められる。

これにより、芳伸と被告との間に本件診療契約が成立し、被告は、善良な管理者としての注意義務をもつて診断、治療をする債務を負担したことになる。

二  芳伸が、昭和五六年八月一〇日午前一時四〇分、三菱三原病院において、若年性糖尿病による糖尿病性昏睡により死亡したことは、当事者間に争いがない。

三  そこで、被告の診療債務の履行が不完全であつたか否かにつき判断する。

先ず、前提となる診療契約の内容等の事実関係につき検討する。

1  芳伸は、昭和四〇年六月六日に出生した。

2  芳伸は、死亡時満一六才で、県立三原東高校一年生であつたが、身長一五七・四センチメートル、体重九四・六キログラムの異常肥満児であつた。

3  芳伸の父である原告義秋は、昭和五五年五月、生命保険加入時の健康診断を被告医院で受け、尿から糖が検出されたことがある。但し、被告は、この点については記憶がなかつた。

4  被告は、これまでに芳伸を慢性胃炎等で診察・治療したことがあり、同人が異常肥満児であることもよく知つており、会うたびに食べ過ぎないよう注意をしていた。

芳伸は、糖尿病の既往歴はないが、脂肪肝と診断され昭和五五年三月二四日から同年四月一五日まで岡山大学付属病院に入院して治療を受けたことがある。脂肪肝については被告も知つていた。

5  芳伸は、昭和五六年八月七日、母である原告陽子に対し、足がふらふらする、体がだるいと訴えた。過食はなかつた。翌八月八日は、朝食を食べず、だるい、しんどいと言うので従業員が車で芳伸を被告医院に連れて行き、被告の診察を受けた。

6  芳伸は、被告に対し、腹痛、吐き気、つかえた感じがあること等を訴えた。被告は、急性胃炎と診断しその治療をしたが、口渇、多飲症状があるとは見受けなかつた。当日のカルテには「冷えた麦茶」と判読できる記載がある(成立に争いのない乙第三号証)。

7  昭和五六年八月八日、被告の診療を受けて帰宅後の芳伸は、昼におかゆを食べ、夕食を少し食べたが、しきりに喉が乾いて苦しいと訴えた。唇も白く乾いていた。そして、キリンレモン、ポカリスエット、麦茶等を多飲した。

8  翌八月九日は日曜日であつた。重湯をつくつたが芳伸は食べず、唇が渇き、だらけて、「しんどい、喉が乾く」と訴えたので、原告陽子が被告へ電話で治療を頼み、原告義秋が車で芳伸を被告医院へ連れて行つた。芳伸のみ診察室に入り被告の診察を受けたが、芳伸の主訴は吐き気、腹痛であつた。被告は、前日と同じく急性胃炎の治療をした。その際芳伸から、ジュースを飲んでもよいかという質問が出た。被告は、ジュース、プリンはいいが、コーラのような刺激のあるものは駄目だと告げた。

9  被告医院からの帰途、芳伸にせがまれて原告義秋は、缶ジュース、アイスキャンデー等を買つた。帰宅後芳伸は、有頂天になつてジュースやアイスキャンデーを飲んだり食べたりした。それでもなお「喉が乾く、しんどい」と訴え、水分を無茶に欲しがるので、原告義秋、原告陽子はおかしいと考えて被告医院より大きい訴外松尾内科医院で受診するため、午後五時過ぎころ家を出た。

10  芳伸は、松尾内科医院において診察を待つ間にも、しんどい、喉が乾く、死にそうだと訴え椅子にじつと座つていることができず床をころげまわる程の苦しみようであつた。午後六時三〇分ころ松尾医師が帰宅して診察をしたところ、立つて歩きにくい状態で、嘔吐、意識障害、呼吸障害があつた。松尾医師は、以前芳伸を診察治療したことがあり、芳伸が病的肥満、脂肪肝であつたこと、父親から糖が出ると聞いていたこと等芳伸の現在の状態と過去の印象を総合して、糖尿病の疑いをもち尿検査等をした。その結果、尿糖は一g/dl、血糖は七六〇mg/dlであつた。松尾医師は、糖尿病性昏睡と診断し、空き室がなかつたので訴外三菱三原病院に転院させた。

11  芳伸は、昭和五六年八月九日午後七時一五分三菱三原病院に入院した。同病院でも糖尿病性昏睡と診断された。血糖値は、午後七時三〇分に一二三〇mg/dl、同八時三〇分に一〇五〇mg/dl、同九時三〇分に一〇六〇mg/dlであり、意識障害、血圧低下、呼吸困難等の症状があり、翌八月一〇日午前一時四〇分、死亡した。

以上の各事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

前記証人松尾及び証人武田倬の各証言によると、八月九日における芳伸はかなり喉の乾く症状にあつたものと推測され、若年性糖尿病の症状が出ていたものと推測でき、この時点で尿検査をしておれば糖尿病の発症があつたと判断できたとしており、右認定事実に徴し右証言は十分首肯しうるものと判断できる。

したがつて、初診の八月八日時点はともかくとして、翌八月九日の診察の時点で、若年性糖尿病を疑うべきではなかつたかが問題となる。

被告は、初診の際食べ過ぎによる腹痛、吐き気が主訴であつたから急性胃炎と診断したというが、前記認定事実にてらし芳伸に過食があつた形跡はないから、芳伸が過食を訴えたということには疑問がある。被告は、芳伸が異常に肥満していることを良く知つており、かつて慢性胃炎の治療したこともあつて常々食べ過ぎないよう助言していたので、過食の予断をもつた疑いがある。前掲の乙第三号証に、冷えた麦茶と判読できる記載があるところからみて、芳伸は被告の問診に対して冷えた麦茶の飲み過ぎを答えたとみるのが合理的である。また、翌八月九日の診察の際芳伸はジュースを飲みたがつている。これらの点に鑑み、芳伸は被告に対し、言葉不十分ながら糖尿病の典型的症状である口渇、多飲を訴えていたものと考えられる。したがつて、もし被告に過食の予断がなければ、芳伸が異常肥満体であること、かつて脂肪肝で入院治療を受けたことがあることを知つている被告としては、社会経験の乏しい芳伸の不完全な主訴のみに依存せず、待合室で待つている原告義秋に対し家庭内における症状を補充的に説明を求めることによつて糖尿病を疑いえたものと考えられる。このことは、被告の診察から数時間後に診察した松尾医師がすぐ糖尿病を疑つたことにてらしても裏付けされるといえる。

そうすると、被告は、芳伸が八月九日に被告の診察を受けた時点では若年性糖尿病の典型的症状である口渇、多飲を訴えていることに気づき若年性糖尿病を疑うべきであつたのに、過食による急性胃炎と誤診したものと認められ、右誤診につき不可抗力ないしこれに準ずるような事情があつたとは認め難い。したがつて、被告は、善良な管理者としての注意義務を怠つたもので、本件診療契約に基づく診療債務につき不完全履行があることになる。

四  損害

原告の援用する賃金センサスによると、昭和五五年の平均的男子労働者の毎月きまつて支給を受ける給与は月額金二二万一七〇〇円で、年間の賞与その他の特別給与は年額金七四万八四〇〇円であることが明らかである。六七才まで稼働しうると判断されるので、新ホフマン係数は二三・一二三であり、生活費の割合は収入の五〇パーセントとみるのが相当である。以上によると、芳伸の逸失利益は、金三九四一万〇八四一同(一円未満切り捨て、以下同じ)となる。芳伸は被告に対し右金額の損害賠償請求権を取得した。

芳伸の死亡により、原告両名は右損害賠償請求権の二分の一宛を相続によつて取得したことになる。

《証拠略》によると、原告らは芳伸の葬儀をとり行なつたことが認められるところ、葬儀費としては諸般の事情を考慮して金五〇万円を相当と認める。各原告につき葬儀費として金二五万円の損害が生じたことになる。

慰藉料としては、諸般の事情を総合して原告一人につき金五〇〇万円を相当と認める。

以上によると、原告一人当たりの損害は金二四九五万五四二〇円となる。

五  過失相殺

前記認定事実に徴すると、債権者側に過失があるものと認められる。

即ち、芳伸は、まだ高校一年生で社会生活経験が浅いため、病気の症状を的確、正確に医師に告げる能力が十分であつたとは考えられないのに、被告の診察を受ける際保護者が付き添わなかつたため、前記認定の如き家庭内における症状全部が正確に被告に伝えられなかつた形跡がある。また、芳伸は、ジュース、アイスキャンデー、プリン等を常識の範囲をこえるほど多飲食しており、《証拠略》によると、糖質の多いこれらジュース等の多飲食がその後の病状激変の大きな原因となつていることが明らかである。

したがつて、原告らに生じた損害のうちその七割は、債権者側の過失によるものとして控除するのが相当である。そうすると、被告の支払義務は、原告一人につき金七四八万六六二六円となる。

六  弁護士費用

諸般の事情を考慮して、被告に賠償を命じるべき弁護士費用は金一五〇万円を相当と認める。原告一人につき金七五万円となる。

七  以上によると、右五、六項の損害の合計は原告一当たり金八二三万六六二六円となる。

八  そうすると、被告は各原告に対しそれぞれ金八二三万六六二六円と右金員から弁護士費用を控除した内金七四八万六六二六円に対する遅滞の日である昭和五六年八月一〇日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があり、原告らの請求は右の限度で理由があるが、その余は理由がない。

よつて、訴訟費用につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項、仮執行宣言及び仮執行免脱宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 増田定義)

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